ちょっと不思議でどこか温かいミニチュアの世界。
見慣れたいつもの風景も、
通い慣れたいつもの場所も、
手のひらサイズになるだけで、
なぜか遠い異世界のように感じます。
小さくなった景色を見ていると、
『ここって実際どんな場所なんだろう?』
そんな興味が心の奥からふつふつと湧いてきませんか?
さあ、本物を探しに出掛けましょう。
きっと普段とは少し違う、あなただけの景色が見えてくるはずです。
プロローグ
皆さんはミニチュア模型を見たことありますか?
ドールハウスだったり、博物館のジオラマだったり、どこかで一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
「小人サイズの家具や食器にロマンを感じる」といった方もきっと少なくないはずです。
私もそんなミニチュアの魔力に惹かれた人間の一人でした。
実際好きが高じて、フェイクフードと呼ばれる親指サイズ程の食べ物のミニチュア作りに熱中していた時期もあったほどです。
ミニチュア化する題材はパンケーキだったりお寿司だったり、家に置いてある折りたたみ椅子だったり、至って平凡でどこにでもあるものばかり。
しかしながら、いつも見慣れているものであるからこそ、それが親指ほどに小さくなって現れた途端、可愛らしくそれでいてどこか非日常的な魅力を感じさせます。
私はそんなミニチュアの魅力を『人と場所を繋ぐデザイン』に活かせないだろうかとふと考えるようになりました。
皆さんは「場所の記憶」と聞いて何かピンとくるものはあるでしょうか?
例えば家の近所に公園があれば、散歩中に中を歩いてみたり、子供の頃に遊具で遊んだなんて記憶が思い起こされるかもしれません。
しかし記憶というのは思い起こすきっかけがなければ、なかなか表には出てこないものです。
たとえ馴染み深い場所であったとしても、案外どんな場所だったか具体的には思い出せないなんてことも珍しくはありません。
では記憶を思い起こすきっかけを作るには一体どうすればいいでしょう?
その答えの一つがミニチュア模型です。
「いつも見慣れた風景もミニチュア化してみれば、新たな発見や思い出の発掘ができるのではないか。」
これはそんな仮説に基づいた、ささやかな実験の記録です。
寺泊 竹森地区:稲荷大明神のミニチュア化
実験を行うにあたり、まずはミニチュア化する場所を決定しなければなりません。
ということで手始めに、拠点である駄菓子屋ハブ周辺を見て回ることにしました。
駄菓子屋ハブは寺泊の竹森地区という場所にあり、あたりには古い商店街の街並みが続いています。また近くには踏切もあり、現在は使われていない線路がそのまま残っているなど、どことなくノスタルジックな印象を受ける場所です。
駄菓子屋ハブの周囲をぐるっと見て回ったところで、ハブの裏手に人気のない神社を見つけました。敷地の様子をうかがってみると、風化した鳥居に苔むした井戸、両脇に鎮座しているお狐様など、なかなかに良い雰囲気です。
どことなく妖しげな雰囲気がとても気に入り、この場所をミニチュア化してみようと思い立ちました。
早速、神社についての情報を集めてみることに。
竹森地区の区長さんに協力していただき、竹森の地域史誌をお借りすることができました。
地域史誌の神社仏閣の項目をみると、この神社の名称は稲荷大明神と記載されており、明治二十七、八年ごろ行方不明になった老婆が横滝山への願掛け後、無事帰ってきたお礼として小社が建てられたようです。
しかし、それ以上の情報の記載はなく、土地を管理されている方もあまり詳しくは知らないとのことでした。
場所の選定が終わったところで、次はより具体的にどの部分をどのようにミニチュア化し、再現するかの検討に入りました。
限られた時間の中で、限られた材料と技術をもって形にしなければなりません。
私はしばらく悩んだ末に、例の苔むした井戸と取水場を手始めに再現してみようと思いました。
この場所を選んだ理由は色々とあったとは思いますが、やはり古びた井戸という場所のインパクトが強かったというのが大きな理由です。
井戸と取水場は1/12スケールで制作し、おおよそ二週間ほどかけて完成させました。
ミニチュア模型を作るのが久し振りだった上に、コンクリートや風化した金属といった素材の再現は初めてだったので、ほとんど手探りの状態で制作を進めたのを覚えています。
正直なところ、仕上げの段階に入るまできちんとしたクオリティーになるかかなり不安でしたが、なんとか完成まで漕ぎ着けることができました。
完成した井戸と取水場のミニチュア模型は、駄菓子屋ハブの店内に展示させていただきました。
言わずもがなすごい存在感です。
それから、ミニチュア模型で再現した場所がどこか分かるのかアンケートも一緒に設置しました。
一週間後、アンケートを確認してみると10人程から回答を得ることができました。
駄菓子屋ハブには近所に住む方も多く来店されますが、やはりミニチュア模型だけを見て場所を当てられる方は1割にも満たない人数でした。
また、模型自体の評判は思いの外好感触だったようです。
店員として直に感想を聞けなかったのは残念ですが、店の裏からこっそり様子を見学できたので良しとします。
次に第二段階として、鳥居のミニチュア模型の制作に取り掛かりました。
神社のアイコンといえばやはり鳥居です。
一層気合を入れて取り組みます。
鳥居の外形はポリスチレンボードから切り出し、何度もラッカースプレーとアクリル絵の具で着色を重ね、雨で風化した様子を再現しました。
直に見ると分かりますが、雨の通ったあとや錆の跡など、そこそここだわって再現しています。
デティールにこだわった甲斐もあり、完成した鳥居は前回のミニチュア模型以上の存在感を放っていました。
もはや禍々しいオーラすら放っています。
家で保管している最中、何度か事故で鳥居の脚を折ってしまったりもしましたが、バチが当たらないことを祈りつつ、井戸と取水場のミニチュア模型に合体させました。
前回とは場所を少し変え、駄菓子屋ハブの一角を借りて展示スペースとしてリデザインしました。
この頃になるとアンケートに回答してくださる方の人数も増え、30人以上の回答をいただきました。
展示する中で「架空の場所を再現している?」だとか「貞子の井戸」だとか様々な反応があったようで、お客さんの反応を聞くのが毎回楽しかったです。
そして意外と近くにある場所でも知らないものだなあとしみじみ感じました。
また、又聞きした話にはなりますが、子供達が特に良く反応をしてしてくれていたようです。
当初は「人と場所」の繋がりや「記憶の想起」といったものを目的としていましたが、私の制作したミニチュア模型が親子の会話のきっかけとなったのなら、それだけでもとても有意義な制作だったのかなと思います。
苦労も多かったですが、その分周りの方の感想や応援に救われました。
エピローグ
稲荷大明神のミニチュア模型は今も駄菓子屋ハブの隅に展示しています。
もし少しでも興味が湧いたなら、ぜひ駄菓子屋ハブにお越し下さい。
裏手にオリジナルの稲荷大明神もありますよ。
今年は拠点である駄菓子屋ハブのミニチュア化や、駄菓子屋ハブが建物に入る以前に営業していた美容室の再現など、少しずつ企画の規模を拡大していく予定です。
今後の展開にご期待ください。