第2回のフィードバック

学んだことの記録

学籍番号:201025(203文字)
私たちには正常化の偏見という心理学的特徴が働いていることがわかった。たしかに、リスクを知ってはいても自分がそうなるだろうとおもったことはない。大きな例がコロナであるとも感じた。まさか自分が重症化して、最悪の場合亡くなってしまうことになるなんてほとんどの人は思っていないだろう。この心理はリスク管理を怠けさせてしまうものであると感じが、そうとはいえ自分の身に危険が起こるかもしれないと思うことは難しいと思う。
学籍番号:214038(243文字)
 小中高と過ごした地元では、それだけ長くいたと言うことや親のつてなどもあり勝手にご近所や友達、友達の親などといった知り合いが多く、しかもどこに行っても誰かいるといった状況にありました。  しかし、大学に進学と共に地元を離れ全く近くに知っている人がいないという状況下で、何かしらの災害が起きたとき改めて信用して助けを求められる人が側にいないことを実感しました。  共助は、一人暮らしであればあるほど本当はとても大切なことなのではないのか。と知り、今後の地域活動には前向きに行動しそうです。
学籍番号:213054(174文字)
そもそも、東日本大震災のころ私はまだ小学3年生とかだったので、津波という言葉すら知らなかったのですが、初めて観る津波の映像とニュースキャスターの緊迫した様子がとても怖かったのを覚えています。 別の話になりますが、ちょうど今、ウクライナに千羽鶴を送る日本人が賛否の渦中です。これはいわゆる「励まし」からくる行動なのですか?共助、と言えるものですか?
学籍番号:203009(154文字)
防災という言葉で自分は避難する場所や防災グッズの準備程度の考えを持っていましたが、視点を変えて自分の大事なもの、人が被害を受けないようにまた、被害を受けても復興できるかどうかを考えると、防災に対する意識が一気に変わりました。共助という言葉を学んだ上で日常的に人とのコミュニケーションが重要なことを学びました。
学籍番号:213117(120文字)
東日本大震災の地震がおきたとき、私は小学校で帰りの会をやっていたことは今でも覚えている。地震自体も大きいものではなく私の周りでは誰も被害を受けていなかったが、 テレビで津波の映像を見た時に、本当に日本の中でこんなことが起きてるんだと驚いた。
学籍番号:201017(157文字)
中越沖地震で実家が倒壊してしばらく避難所や仮設住宅で生活していた経験がある。それ以来些細な揺れでも怖くなってしまったので、災害の際助ける側に回れると言える人が多くいることに驚いた。 いざという時に何か特別なことをできる気はしないが、同じような経験をした被災者の方の心に少しでも寄り添える存在になれたらいいなと思う。
学籍番号:213045(197文字)
死亡者、負傷者などの人数を見せられた時、多いなとしか考えられなかった。自分は全く含めていなかった。自助、共助、公助という言葉は、漢字を見ればなんとなく分かったが、今回ちゃんと意味を学んだ。東日本大震災のニュースの映像で、アナウンサーの注意喚起によって自分の次すべきことがわかると思った。共助は難しいと感じていたが、自分が正しい知識を身につけ、声をかけるだけでも何人かの命は助かるだろうと感じた。
学籍番号:212017(107文字)
東日本大震災の映像はやっぱり衝撃的で、でもどこか他人事に思ってしまいます。きっと私のような人が実際被害に遭ったときに何もできず、自助すらできないんだなと感じました。共助までもできるように意識から変えていきたいです。
学籍番号:213032(138文字)
災害の被害者予想に自分が含まれる可能性と聞いてドキッとしました。報道を見て恐怖を感じてはいても、自分に置き換えて考えることは出来ていなかったのだと気づきました。危険から目を逸らすのではななく、自分の命を守ることへの意識を高めると共に共助、公助にも目を向けていければと思います。
学籍番号:213108(143文字)
今まで、防災というと自分で何をするか、というのを焦点にしていたので今回共助という言葉をきいて、このような視点があるのかと勉強になった。また、”正常化の偏見”と聞いて、改めて考えました。無意識のうちに自分だけは大丈夫と思っていました。自分事のように考えて初めて防災をしていると思いました。
学籍番号:211012(205文字)
久々に震災の映像を見ました。未だ見ても怖くてたまらないです。私も被災地にいた人間です。親戚がまだ一人見つかっていません。あの災害でこれだけの思いをしましたが、これからさらに大きいものがくると懸念されています。それもさらに人や物、情報が多い場所でです。何倍と大きい被害や損失が出るかわかりません。前の情報を元にして対策したのではきっと間に合わないと思います。それをこの授業を受けて考えられたらいいなと思いました。
学籍番号:201028(164文字)
私が実際に経験した訳では無いですが、映像を見て衝撃を受けました。私は地震速報が電車でなり響くだけで、恐怖でふらっと倒れてしまったことがあります。その時はたまたま父が乗り合わせていて助けてくれましたがもしひとりの時にこの状態になったと思うと絶対に助からないと思います。知らない人でも助け合うことは本当に大切だなと改めて感じました。
学籍番号:214034(210文字)
講義を受け、確かにハザードマップや予測が全て正しい、と言うことはなかったなと感じました。自分の地元は雪が積もらず、積もっても10センチほどだったのですが、ある年に異常気象で1メートルを超える雪が降りました。その際は新潟から除雪機が送られて大変助けられましたが、自分達は家の外に出て出る事もままならず、納屋の屋根が雪で壊れたりしました。今回の話を受け、どの災害に対しても防災を行う事がいざという時とても大切だと感じました。
学籍番号:193044(180文字)
防災についてどれだけ自分が日頃から意識を向けているか再確認出来ました。自分と自分の大切な人を守る行動を今日の授業で手順よく考え直せたので、良い機会になりました。 テレビの報道だけではなく、被災者やこの道のプロの方の生の声が聞ける情報も、これからは多く取り入れていこうと思いました。 最後の残してくださった被災時の思いを語った文章では聞きながら涙が出てきました。
学籍番号:213061(130文字)
災害の恐ろしさと、励ましの大切さです。東日本大震災を実際に経験した人たちの感想を見た時、励ましの言葉がとても嬉しかったという記述がありました。大それたことをしなくても、困っている人、悲しんでいる人がいたら声をかけてそばにいてあげられる人になりたいと思いました。
学籍番号:213115(178文字)
こうやって先生に動画を見せていただいてほぼ直のような感覚で地震について感じ、みんなのフィードバックも通じて考え直すことができました。やはり今の時代だからこそ、こうやって身近に災害に遭っていなくても遭っているかのような体感ができる。その時代に生まれたからこそ自分の正常化バイアスをとっぱらい、常に自分周りに防災意識を強く持ち、危機感を忘れずに過ごしたいです。
学籍番号:201033(125文字)
支援というと、被災地にこれでもかと無駄なものを送りつける邪魔なものか、お金を送ること、しか知らなかったのでそのほかの支援の形でもきちんと被災者の為になることがわかり、びっくりしました。震災に関しては無縁で生きてきたのでこれから沢山学びたいと思います。
学籍番号:201015(110文字)
声掛けや励ましなども公助だということを学びました。私は北海道胆振東部地震を経験したことがあるのですが、停電が続くなか飲食店が安い金額で食べ物を売ったりしていたのも、今考えてみれば公助とも言えるのかもしれないと感じました。
学籍番号:183011(115文字)
今回の講義では、実際に地震や津波が起こった時のことをリアルに想像ができたのでよかったです。特に見せて頂いた映像はとても衝撃的でした。もしも、このようなことが実際に起こると思うと不安ですが、今からできることをしていきたいと思います。
学籍番号:212032(163文字)
津波の映像を見た時、とにかく怖いという感情でした。街をどんどん侵食していき迫ってくるのが恐ろしかったです。映像だけでもこんな迫力なので自分がこの場にいても「こっちにおいで!!」と声かけをしてた人のようにはできないと感じました。 今回の講義は、体験したことないからと言って助かるだろうと思い込んでいたのを思い直す事ができました。
学籍番号:213044(153文字)
11年前に東日本大震災を実際に経験したので、今回の授業は当時のことを思い出すとともに、今後の防災について改めて考えるきっかけになりました。当時は小学生の子供という社会的には守られる側の立場でしたが、私ももう成人の歳なので、これからは周りの人や家族を助けられるようになりたいと思い、共助の重要性を感じました。
学籍番号:213098(137文字)
地震=津波が来るという可能性を考えるようになったのは東日本大震災があったからだと思う。ニュースでも地震速報があった時には、津波の可能性があるかを報道してくれるようになったと感じた。最近も地震が多くなってきていて、他人事だと思わずに自分でできる防災について考え直そうと感じた。
学籍番号:201010(109文字)
改めて津波の映像、自身の映像をみて、災害は恐怖だと感じました。あんなスピードで津波が来たら、逃げるよりも唖然として突っ立ってしまいそうだなと感じてしまいました。励ますだけでも力になれる共済がとても大切だなと感じました。
学籍番号:201031(188文字)
今回学んだことは自助、共助、公助という言葉があるということです。私は災害というほどの地震や津波などを実際に経験したことが無いです。なので東日本大震災が起こるまで、津波という単語にもあまり馴染みがありませんでした。今回の授業を受けて、自分自身が大きな災害を経験したことがないからこそ、災害の時の助をしっかりと意識し、いざというときに役立てるように学ぶことが大切だなと感じました。
学籍番号:214032(244文字)
今回の講義で福本先生が正常性バイアスについてのお話をされていましたが、確かにもし自分が被災者になった時、自分や家族だけは死なないだろうという思い込みが自分の中に少しあったため実際の津波の映像を見て愕然としました。自分だけ安全だという保証はどこにもないということに改めて気づきました。 人の安全を心配する前に自分の身の安全を確保するためにはどうしたら良いか。とりあえず、防災リュックの準備を次回の講義までにしておこうと思いました。
学籍番号:212003(224文字)
今日学んだことで、一番印象に残っていることは、最後に話されていた、共助の話で、励ましの言葉が一番力になるということでした。聞いて衝撃を受けました。今までの自分の考えでは、もっと本当に役に立つ行動でなければ、助けにならないと思っていたのですが、一言が力になるなら、小さなことでも、災害を受けた人のためにすれば、何らかの助けになるのだと思いました。過去に被災地に手紙を送ったことがあるので、それが無駄ではなかったとわかって少し幸せな気持ちになれました。
学籍番号:212055(105文字)
津波の映像は沢山見たことがあるが、先月起きた地震の際に福島出身の友人といた事が1番災害を実感した。地震発生から常にスマホで情報を収集したり、家族に連絡を取ったりと、とても他人事とは思えないくらいにリアルだった。
学籍番号:213055(125文字)
実際の津波の映像を見て、車や家を押し流すほどの威力に圧倒されました。どんどん街に水が溜まっていくイメージだったので今回の映像で多くの人の命がなくなる理由がわかりました。そして、映像を見た後に地域の人との助け合いである共助の大切さを改めて実感しました。
学籍番号:213105(158文字)
最後の被災経験者の生徒の貴重な言葉が聞けて良かった。自分のことで精一杯だからきっと私は他の人のことまで目を向けられない立場だと思うが、励まし合うことならできると思う。 緊急地震速報の中にある「念の為津波の危険があるので……」みたいな言い回しは今ではどうなったのだろうか。東日本大震災の後で報道の仕方が変わったと聞く。
学籍番号:213059(106文字)
実際に動画を見て当時の様子を少し思い出しました。なんとなく平和ボケしていましたが、いつ起こってもおかしくないため、避難する際どこにいくのか、何を持って出るのかをしっかりと確認し、隣と連携していきたいと思いました。
学籍番号:213091(138文字)
津波の映像を視聴し、その後過去の生徒さんのフィードバックを見た。その人の感想から、自分のことだけで必死にならずに周りの人を助けられるようになりたいと思った。そのためにも防災グッズや避難場所の確認など、自信を持ってできたと言えるくらい準備をしっかりとしなくてはいけないと思った。
学籍番号:213047(390文字)
今日の授業を受けて、「防災」における自助、共助についてしっかり学べたと思います。東日本大震災という大きな震災を実際に体験している私たちはこの防災というのがいかに難しいことか、あるいは災害というものがいかに恐ろしいかを考えることができる、考えなければならないのだと思います。 今回見た地震の映像を見て、東日本大震災の余震だったと思いますが、家に妹と2人しかいない時に地震速報が鳴り、妹を机の下に隠したすぐ後に揺れがきたことが自分の中でなとても記憶に残っています。連日津波の映像だったりを見ていたのでその恐ろしさもあったのですが、揺れがおさまってすぐに近所で働いている事務の方が様子を見にきてくださいました。その時の安心感はとても大きかったと思います。 共助は大切だと思うし、災害時に自分の命をかけて、という形の助けではなくてお互いに助かるためにという形の助けあいは重要だと思います。
学籍番号:213010(244文字)
一応ちゃんと見ましたが、地震当時の映像を見るのはやはり気分が悪くなって苦手でした。私の住んでいた場所は県内でも内陸部のほうだったので津波の被害はなかったのですが、それでもあの日同じ県内であの災害が起こっていたと考えると、もしかしたら自分も津波による実害を被っていた可能性があったかもしれません。そんなとき、最優先すべきは自助であることは今まで通りの認識で間違いないとは思いますが、まわりと協力してそのような災害を乗り越えるためにも普段から共助できるような環境を築けていけたらなと思います。
学籍番号:213013(166文字)
東日本大地震の映像を見て、当時小学生の頃に見たはずなのに初めて見たかのような衝撃を受けた。恐らく当時は現実味がなくて自分ごととして捉えれなかったのだと思う。そして忘れてしまったのだと思う。これを機に東日本大地震についてもっと知ろうと思った。 また共助とは難しいことではなく声かけや励ましなど簡単だけどすごく重要なこともあると学んだ。
学籍番号:203078(220文字)
まず、福本先生の配慮が行き届いているなと感じた。実際に震災の時に活動して人々を助けてきたからこそ、映像に対する最大限の配慮が出来るんだなと感じた。共助についての実態アンケートで、励ましが多かったのには私も驚いた。実際にあれほどの地震と津波が起こっている中、自分だったらとっさに周りの人達を気にかけることが出来るだろうか、と改めて考えさせられた。何も分からない中でも、人の優しさだけは本物で、だからこそ皆励ましの言葉に助けられたのだと感じた。
学籍番号:212020(304文字)
災害が自分の身に降りかかった時、私はどうすることができるのだろうと改めて考えさせられました。災害で自分飲みの安全も不確かな時に周りを気にかけることができる人はすごいと思いました。自分はそこまでの励ましや協力を人にできるのかとも不安に思いました。ただ映像を見て私たちでもこんなに不安や恐怖を感じるのであれば、体の不自由な人、小さな子供たちやお年寄りはこれ以上の不安や恐怖を抱くことになるのだろうとも感じました。災害が起こった時、自分がどんな行動をとれるのか、正直なところ検討もつかないところがあります、しかし、自分のできる範囲内で人の心を楽にできるような励ましあいだったりサポートができたらいいなと思いました。
学籍番号:201007(283文字)
映像を見て東日本大震災当時のことを思い出しました。当時は小学校で授業中で急な刑法に驚きながら、訓練の通りに机の下に隠れていました。想像よりもはるかに大きな揺れに恐怖を感じながら担任の先生に促されるまま廊下を歩き体育館に避難しました。あの時は共助の立場でいう助けられる側となっていました。同じ揺れを味わい、校舎の壁が崩れている中、何百人もの生徒を誘導し負傷者も出さなかった当時の先生方には尊敬の念を抱きます。あの震災からは訓練と冷静な行動の大切さを学びました。当時の先生方のように自分の身を守るだけでなく、他人の安全も確保できるように行動できる備えをしていきたいです。
学籍番号:213038(199文字)
印象に残っているのは総合的に見れば被害の少なかったと言える地域でも、被害を受けた人がいるとおっしゃっていたことです。私はテレビなどで災害の報道を見て、死者、行方不明者が少ないと今回は規模が小さめで済んで良かったななどと思っていたので、その言葉にギクッとなりました。災害があったということは、誰かが、何かしらの被害を受けていることを気付かされ、これからの災害を見る目が変わっていきそうな気がしました。
学籍番号:213124(259文字)
やはり東日本大震災に関するニュース・映像が深く刺さりました。 当時は小学校からの下校中で、走っていて揺れに気づかず、家に帰ってから見たニュースで大きな地震と津波が起こったことを知りました。沿岸域が赤黄に染められた日本地図と被害地域の中継が永遠と流され続けたニュース画面は今でも鮮明に覚えています。 被災地域に該当しなかったとはいえ、今回見た映像はリアルな恐怖と不安を視覚・聴覚両方で感じました。また、経験者ほど「共助についての言及、声がけの安心さ」を謳っており、身近な人の存在がどれほど支えになるかを改めて感じました。
学籍番号:213037(186文字)
今まで、災害によって崩壊した街の様子を記録した映像は見たことがあったのですが、津波が堤防をこえて街に押し寄せてくる映像を見たのは初めてでした。想像していたより規模が大きく、心の底から恐ろしいと感じました。被害を受けて初めて災害の恐ろしさを実感するのではなく、日頃から災害に対する恐怖心を持つ、そして災害に巻き込まれてしまった際の対応を身につけておく必要があると感じました。
学籍番号:213096(121文字)
東日本大震災の映像は本当に現実であったのかと思うほど衝撃的なものでした。自分があの場所にいたら冷静な判断ができなかったのではないかと思います。最近は地震の発生も多く、他人事ではありません。自分でできることを見つけ、防災の意識を高めていきます。
学籍番号:213093(140文字)
共助は些細なことでも良いということを知ることができました。今までは自分の命を助けるだけで精一杯だと思っていましたが声をかけるだけでも人の助けになると言うことを聞きこれなら自分でもできると思いました。いざと言うときが来ないといいですがもしもの時のためにしっかりと覚えておきたいです。
学籍番号:213120(385文字)
私は被災地にいて震災を経験した身ではありませんが、テレビ越しに人々の悲鳴や津波や地震の轟音が鳴り続けていた2011年のことをよく覚えています。しかし、今年3月・今日の講義で再び映像を見るまでその記憶は徐々にですが薄れていていっていたというのも感じました。今日改めてあの時の恐怖や悲しみは忘れてはいけないものだということ、人と関わることがいかに大切かということを胸に刻みました。率直にいって今日の講義は本当に怖かったです。しかし、この恐怖心こそが大切なのだと感じました。 現在ウイルスの影響で人との距離が見直されつつありますが、それでもやはり最終的には人と人でしか防災でもなんでも成し得ないと考えます。人ほど結束力が大切な動物はいないと思います。私も今年はボランティアや地域協創に参加しますが、そういった活動に真剣に向き合い共助で助ける側に立てるようになりたいと思います。
学籍番号:191030(174文字)
実際に動画で震災を見て防災活動を甘く見ていたつもりはなかったものの内心、自分や自分の家族は大丈夫だと過信していたことを改めて実感しました。起こるかどうかも分からない、確実でないものに時間を使うのはめんどくさいし、もしかしたら使わないかもしれない、何か具体的に行動を起こすのは大変だけど動画や情報を通してそれらがどんなに大切か気づくことができました。
学籍番号:213088(235文字)
今回見たような映像は何回も見たことがあるはずなのに今回の映像はいつもより見ていてどこか辛いと感じてしまいました。おそらく、こういった映像を見るときは周りに誰かが居たり、家族が必ず帰ってくる実家であったから安心して見ることができたのだと思います。ですが本当に毎日無事に帰ってくるという確証も私が慢心してしまっているだけでないし、ひとり暮らしをしている今は一人で被災する可能性の方が高いため、もっと連絡を取り合ったり防災意識を高めていかなければならないと考えさせられました。
学籍番号:213070(198文字)
私は内陸の山間部、しかも東北から距離がある場所に住んでおり、震災発生時に揺れには気がつきませんでした。帰宅してから家族に大きな地震が起きたことを知らされ、ニュース映像を見てひどく怯えたことを思い出します。 地震の多い国日本で生活する以上、過去から学ぶことも勿論ですが、事前に考えられる被害を把握することは勿論、それ以上の被害が出ることも考慮して常に最悪のケースを考え行動していきたいと感じました。
学籍番号:213075(269文字)
当時小学3年生だった私は地元が広島で東北からかなり離れていることもあり、東日本大震災の映像を見てもそれがちゃんと現実だとはよくわかっておらず、8月6日の原爆投下の日に加え、3月11日にも黙祷をするようになったなという認識くらいしかありませんでした。しかし今回また当時の映像を見ると、どれだけの被害で、災害というものがどれだけ人の力が及ばないものであるかが再認識できました。自助、共助、公助、実際に災害に遭ったときにこれらをどこまでできるのかはわかりませんが、何か少しでも自分のために、誰かのためになる行動がとれたらいいなと強く感じました。
学籍番号:213052(236文字)
講義中死者数などの具体的な数字の中に自分は含まれるかと問われた時、含まれている想像を全くできなかったのはその情報を聞いている時点で五体満足で生きているからだと感じました。おそらく実際に被災しても生きている限り自分は含まれないと考える気がしています。東日本大震災が起きた当時はまだ低学年で、TVの中や周りの頼れる大人たちが余裕を無くしておろおろしている様子を観て恐怖を感じていましたがあれから成長して今回映像を見た時、現地の人の恐怖にとても共感できてしまうのが少し嫌でした。
学籍番号:212016(319文字)
地震の映像が濃く印象に残っています。私は新潟県長岡市出身なので、大きな被害には遭わなかったのですが、東北大震災以来何度も津波と地震、原発事故のニュース映像などを見てきました。11年経った今でもこの震災の影響が無くならず、まだ被害から完全に立ち直っていない人が沢山いるということが本当に恐ろしいです。 この震災が起きる前は、まさかこんな大地震が来て、10年以上経っても完全な復興が成し遂げられないなど思ってもみませんでした。今回の授業に、正常化の偏見という言葉が出てきましたが、この言葉の重さを今改めて噛み締めています。 自分だけではなく他者の命を助けるためにも、普段からこういった学習をし、常に災害に備えておくことが大切だと思いました。
学籍番号:213064(176文字)
今日の講義で、この数字を見て思うことを考えてと言われた時、私が真っ先に思い浮かんだのは、負傷者、要救護者が多いがまだ救える人がいるでした。この中に自分が含まれる場合のことなど想像もしなかったので、防災の意識が低いなと感じました。また現住所で災害にあった場合、今頼れるのは遠い土地にいる家族ではなく隣人だと気付かされ、地域交流も物凄く重要だと思いました。
学籍番号:213000(201文字)
久しぶりに震災当時の映像を見たので、今の年になって見てみるとどれだけ悲惨なものなのか実感できました。あれだけ大きな地震を体験したことがないので、当時は津波がCGなのではと思うくらい、同じ日本でこのような被害が出たことが想像できていなかった記憶があります。改めて自分の皆も起こり得ることなのだと感じました。また、確かにいざとなった時に1番近くにいるのは近所の人なので、顔だけでも知っておこうと思いました。
学籍番号:202041(298文字)
春休み、3/17に長岡で震度4~5弱程度の地震にあいました。わたしは防災バッグどころか懐中電灯の1本も用意しておらず、その上お風呂から出たばかりで髪も濡れたままでした。一人暮らしなので怖かったですが、それでも安心できたのは2リットルのペットボトル水でもお風呂に貯めっぱなしのお湯でもなけなしの備蓄食のおかげでもなく、家族からの「大丈夫?」のLINEと電話のおかげでした。わたしはテレビを持っていないので、電話越しにニュースの中継をずっと聞かせてくれました。共助の本当の意味とは違うかもしれませんが、災害時わたしも少しでも誰かの安心の種になれたらと思います。まずは防災バッグ用意します。
学籍番号:213049(121文字)
授業ありがとうございました。私は海水浴場の引いては寄せる穏やかな波の動きしか知らなかったので、津波が一瞬で全てを飲み込んでいく様子がとても衝撃的でした。いついかなる時も自分や身近な人が当事者になりうる自覚を持ち、「防災」に努めたいと思います。
学籍番号:212038(154文字)
まずはじめの前回授業のフィードバックがとても参考になって、ここまで考えることが出来る人がいるんだとかこんな風に考えることも出来るのかと感じました。そして、今回の自助と共助の重要性についてで一番印象に残ったのは最後の体験談でした。実際に震災を体験した方の話(同年代)を聞く機会はなかったのでとても衝撃的でした。
学籍番号:212037(182文字)
今回の講義では「防災」がテーマで、東日本大震災の時の映像などを見ました。その映像を見て、まだ当時小学生で帰りの会の時に地震が起きたことを思い出しました。私は少し離れていたので大きな被害とかはなかったのですが、震源地付近ではこのような大きな被害があって、自分がその立場になった時のことを考えて、どうしたら自分や周囲の人を守れるか考えていくことが大切だなと思いました。
学籍番号:212050(137文字)
最後の、少しの声がけでも誰かの支えになるという話を聞いて、やっぱりみんな自然と助け合いをして、懸命に取り組んでいたことに、被災された方や支援活動、救助活動をしていた方たちの強さを感じました。他人事ではなく、自分の身に、いつ起こってもおかしくないということを改めて感じました。
学籍番号:213106(195文字)
中継で津波の映像を見てから10年以上が経った今でもやはり津波の映像は恐ろしく、いとも簡単に流されていくのを見て勝手に涙が溢れました。それは感情移入から流れた涙ではなくて潜在的な恐怖から流れ出た涙でした。多分心の底から体が恐怖を感じたのではないかと思っています。人間は自然に勝てない、しかし人は人との助け合いによって何度でも立ち上がることが出来るということを今回の講義で学ぶことが出来ました。
学籍番号:213089(287文字)
一番の衝撃は津波の映像です。私は岩手県の内陸出身ですが当時は津波の映像をタブー視しているようでニュースで津波の映像を全く見たことがありませんでした。今回リアルな映像を見てようやく恐ろしさの実感が持てました。私は東日本大震災が起きた時、たまたま発熱で学校を休んでいて家族が全員集まっている状態で被災しました。連絡が取れない中で離れ離れになるという経験がなく、周りの人よりは混乱が少なかったと思います。今回「正常化の偏見」という言葉を聞いてものすごく自分に当てはまると思いました。経験しないと危機感を感じられないようでは自分の命を守ることはできないと今回の講義で強く感じました。
学籍番号:214019(165文字)
自助、共助、公助という言葉を今日の授業で初めて知りました。言葉としてはよくわかるし、言葉にするにはとても簡単だけど、とても難しい事だと思います。自助、共助、公助のうち、自分自身でできることは、自助と共助です。「自分の身は自分で守る」「自分たちの地域は自分たちで守る」とよく聞きますが、ほんとうにそれは大事な事なんだと実感しました。
学籍番号:211038(192文字)
災害が起きたときに共助がいかに大切かを学んだ。先月の地震の時も福島の実家にいて少し被害があったが、家族で声を掛け合って避難の準備をしたり情報を集めたりして気持ちを落ち着かせることができた。東日本大震災の時はそろばん塾にいて、先生が机の下に隠れてなどの指示を出して守ってくれたことを思い出した。声をかけることや励ますことも共助になるということ学んだので、私も積極的にしていこうと思った。
学籍番号:213097(333文字)
声かけや励ましからでも、共助と言えることが実践的で大きな学びだったと思います。 また、東日本大震災の映像を見て改めて感じましたが、災害に対する意識の持ち方を人々の間で足並み揃えることが大切なのではないかと感じました。誰か一人だけが頑張るのではダメで、それぞれの人が自律的に適宜行動するにはどうしたら良いのか。「大切なもの」が違うと難しいのでしょうか。 長岡にいる際、地元が大雨による氾濫の危険、実家付近までの浸水被害に遭ったことがあります。家族には今こんな感じらしいよ、とネットで見つけた実家付近の浸水した箇所の写真を送ったり、友人とも情報共有をしあっていましたが肝心の家族はどこかのんびりしており、やきもきした覚えがあります。これは自分が心配しすぎなのでしょうか。
学籍番号:193002(127文字)
地震の映像をはじめてしっかりと見ました。想像していたよりも津波のスピードは早く威力は凄まじく驚きました。もし自分がこのような状況になったときに自分の命はもちろん、大事な人のことも守れるようにしっかり知識をつけ適切な行動ができるようになりたいと思いました。
学籍番号:213020(192文字)
被災時に自助、共助、公助が大切になってくるのだと分かりました。1人ではできないこともどうしてもあるので、余裕が無い時でも助け合うということは忘れては行けないのだと思いました。それに加えて自分個人でも災害時に備えて対策をしておくことは重要なので、日頃から意識したいです。寝ているような時間に地震が起きたりすることが最近もあったので、いつ災害が起きてもおかしくないと思って行動したいです。
学籍番号:213103(267文字)
ニュースで災害によって死者が数名出たのにもかかわらず「被害は最小限に済んだ」と報道されることに憤りを感じる、という話にとても共感できた。その数名の命をどうしたら救えたかを第一に考えるべきだと思う。 私はネガティブ思考が強いので、もし震災が起きた際に自分は真っ先に犠牲になるだろうと考えてしまうが、反対に自分だけは大丈夫だと過信してしまう人の心理も分かる気がした。私たちに重要なのは、自分は助かる/助からないと想像上で決めつけるのではなく、実際に被災した時に自分の命を守り、他人と助け合えるような知識と行動力を身につけることなのだろう。
学籍番号:213094(311文字)
東日本大震災が起きた当時私は小学2年生で、下校途中に地震が起きました。日本海側に住んでいたため幸い被害は小さく、急いで家に帰って母と一緒にテレビの生放送で生まれて初めて津波や原子力発電所の事故を見ました。テレビ越しでもその衝撃は凄まじく、今でもはっきりと覚えています。今回の授業で見た映像も、やはりとても恐ろしかったです。 自助、共助、公助の話が印象的でした。特に共助について、災害時のパニックの状態で周りの人と助け合うということはとても難しいことだと思いますが、人と人とのコミュニケーションでしか得られない安心感は確実にあると思います。これからの生活でもコミュニケーションの大切さを意識して過ごしていきたいと思いました。
学籍番号:213014(384文字)
今回の授業では、東日本大震災を例にあげた自助、共助の重要性について学んだ。 私は岩手県の内陸部出身で、当時目立った被害は無かった反面、隣の市で起こる惨劇を諦観することしか出来なかった。 被災した地域には昔から「つなみてんでんこ」すなわち、津波が来たら親や財産も1度諦めて、高いところに逃げなさい。自分の命は自分で守り抜きなさい。という教えがある。実際に、当時沿岸地域で雑貨屋を営んでいた友人の祖母は地域住民を助けようと動いた結果帰らぬ人となった話も聞いた。 この事実は、共助がいかに難しいかを象徴している。どのように向き合うか、何が出来るか、考える必要があるのではないだろうか。 様々な被災地研修を経て自分にできたことは、被災地に励ましの言葉を添えることだけだったけれど、その力も支援になっていたなら、微力な私も少しだけ、寄り添うことが出来たのではないかと感じた。
学籍番号:203018(164文字)
地震、津波の映像を見たとき、他者のために行動することの難しさを感じ、自分にそんなことができるのだろうか、と思いました。しかし最後に提示された資料で、励ましの言葉に助けられたと回答していた人が一定数いるのを見て、物理的な行動や支援だけでなく、些細な言葉にも誰かを助ける力があるのなら、誰にでもできうる共助になるのではと思いました。
学籍番号:213007(241文字)
死傷者数等が桁を切り上げられ、000で数字が終わっている事にニュースを見る度に違和感を感じていました。人類と言う集合体を中心に考えた報道がなされる中、震災の数年後にはあくまでも一人一人に寄り添って来ましたよ、と言うていのドキュメンタリーが放送される、私が言えた事ではありませんがなんだか薄っぺらい報道だなと思うことが多いです。震災後では無く震災時にすぐ対応出来る制度や意識を持つことが大事だと思います、ですが、被災した経験のある方とそうでは無い方の意識には明確な壁がある気がします。
学籍番号:213068(270文字)
私は地震が少なく災害とはあまり縁のないところで育ったため地震や津波に対する危機感が全く無いです。東日本大震災が起こった時の記憶も曖昧で災害というのはテレビの向こう側の話で他人事のように感じていました。今回改めて当時のニュース映像を見て、もし自分が今現在住んでいる土地でこのような災害が起きたらという想像をして感じたことは恐怖でした。共助の例として挙げられた励まし、人と話すことというのは被災して精神面が不安定になっている人々には本当に重要なことなのだと学ぶことができました。それと同時に私はもっと災害に対して危機感を持つべきだと思いました。
学籍番号:213119(317文字)
安心を感じた時が一番危険に対応できない時であるという意見に大きく共感しました。まさに東日本大地震のことを思い出しました。私は被災の当事者ではありませんが、津波を予想して逃げた先の高台では高さが足りず、更に逃げなければならなかったりそのまま飲み込まれてしまったりしたという話を聞いたことがあり、当てはまるのではないかと思います。 当時の映像はいつ見ても衝撃的だと思います。私の地域も大きく揺れました、それでも被害は停電くらいで、津波の様子はやっぱりどこか現実味がなく、テレビの中の世界のような感覚をどうしても覚えてしまいます。今回の映像を見て感じた恐怖や、もし自分が同じ立場になったら、という気持ちは絶対に忘れてはいけないと思いました。
学籍番号:213081(297文字)
東日本大震災の当時は、テレビで大きな地震と津波の映像を画面越しに見て大変なことが起こったんだと思っていました。でも、それはあまり現実感のないものでした。 今回改めて映像を見て、とても悲しくなりました。それは、自分がその震災の大きさを理解できる年齢になったというのもありますし、長岡造形大学に入って地元以外の様々な県の友達や知り合いが増えて、色々な地方がとても身近に感じられるようになったからだと思います。 授業でも言われてたように、自分の大切なものが何らかの被害に遭うと考えると、より防災の重要性を認識できると感じました。そして、人と繋がることは自分のものの見方も変えてくれるのだと思いました。
学籍番号:214033(200文字)
わたしの実家のある地域は地震がほとんどなく、地震を体験した人がとても少ないです。そのため、住んでいる人ほとんどがこの地は安全だと思い込んでいます。しかし災害というのは突発的に予想できない範囲で起こります。また災害にも地震、津波、洪水、竜巻、大雨とたくさんの種類があり、その一つ一つによってとるべき対策も違います。地域の人、家族非常時に向けて、どう行動するか日頃から話し合う場をもつべきだと思いました。
学籍番号:213071(153文字)
共助という言葉の意味として助ける側と助けられる側ができるという話を聞いてもし将来自分が災害にあった時に助ける側になりたいと思いました。ただ東日本大震災の映像を見てああういうことが起こった時に自分のことすら守れるか不安になったので普段から災害時どうすればいいかなど知識を持っておくことが必要だなと感じました。
学籍番号:213122(325文字)
津波の映像の時アナウンサーのどんな時でも冷静でいる姿にプロフェッショナルを感じた。怖さを感じていないのか?いや、そんなことはない、彼も一人間である。内心は大きな揺れやそれによって危険な状況にある家族、友人、その他彼の周りを囲む人間のことが心配だったり焦燥を感じているのであろう。だがそんな状況下でも自分は現在の状況を画面越しで人に伝える人間であるという自覚があるからなのか、彼の表面上の姿はとても落ち着いているように見えた。なかなかきもの座った精神力を持った男だと思うし、少なくとも誰にでもできる芸当ではない。いつかこのような強い精神力を持ち人から敬意を表してもらえる人間になりたいなぁと、そんなことを考えながら今日も目の前の課題に追われる僕である。
学籍番号:213104(664文字)
私は地震自体は経験しましたが、大きな被害の全てははテレビの向こうの話でした。 幸運にも私の周りにも被害にあった方はいませんでした、当時の私には震災というものはどこか現実味のない話でした。 ニュースで毎日のように被害にあった方のインタビューや津波の映像が流れて、その度に心を痛めたり、何か自分にできることはないのだろうかと思いました。 ですが小学2年生の私にできることなどほとんどなく、被災地の支援をしましょう、という呼びかけを聞き続けることしかできませんでした。 数年後、震災のことを忘れないという目的の番組を見ました。 そこでは現地の方が当時を振り返ってお話をしていました。曰く、支援はありがたかったが中には迷惑なものも多く、過剰な支援があった。多すぎる食糧は無駄になってしまうし、古着はゴミ同然のようなものも混ざっており、仕分けなければならなかった、ボランティア自体はありがたいが全てが役に立ったものばかりじゃなかったなど色々なお話をしていました。支援をした人は良いことをしたと思っているので指摘しにくいという話もありました。 私は当時それを聞いて何が本当の支援なのかが分からなくなりました。 今日の授業であった共助のお話はその時のことををよく思い出しました。 助け合うことは必要だし大切なことだと思います。ですが何が本当に必要か、どれくらいが最適かも同時に考えるべきであると私は思っています。 自分にできることをするべきですが、それが相手に迷惑になってしまわないかを一度考えるのは私は必要なんじゃないかなと思いました。
学籍番号:212036(214文字)
小学校3年生くらいの時に起きた地震で、私のいたところでは、あまり揺れを感じず、よくわかりませんでしたが、改めて見ると地震の大きいさと津波の強さを知りました。 死傷者や救助者を書かれたとき、首都直下型地震の予想だと思いました。しかし、もしかしたら、その中に自分がカウントされているかもしれないと思わず、言われてハッとしました。 もし災害があった際には、自分の身を守るだけでなく、周りの人に話しかけるだけでもしたいと思いました。
学籍番号:213006(222文字)
ニュースなどで地震や津波の被害者数を聞くと、多いとは感じますがそれ以上に深く考える機会はありませんでした。今日の授業では、自分がその中に含まれていると考えることでどのような被害が起きそうかということも考えることができました。災害に限らず、様々な事象において多くの人は自分は大丈夫という根拠のない安心感を持っていると思います。しかし自分も被害に遭うかもしれないという危機感を少し持つだけで防ぐことへとつなげることができるのではないかと思いました。
学籍番号:203028(153文字)
災害報道をあくまでもテレビの向こうの出来事として考えてしまっている部分はあります。実際に現場を見た方とそうでない方の意識格差のようなものは大きように感じました。 また、人間にとって孤独を回避することは生存率を上げることに繋がるので、人との繋がりを感じられる「励まし」が重要だったのではないか、と感じました。
学籍番号:213113(240文字)
防災に対して私は意識が低かったのだと改めて感じました。防災の考え方で先生が提示してくれた図に家族や友人などを置き換え、被害に遭って何もかもを失ったことを想像すると災害が非常に現実味を帯びたものになって恐ろしくなりました。また、津波の映像を実際にみたとき津波のくるスピードがあまりにも早かったので鳥肌が立っています。1時間くらいかかるものだと思っていたのですが2分で一面飲まれてしまったことに驚いたと同時にこのような状況の中でも助け合っている人たちの行動力を見習いたいと思いました。
学籍番号:213011(283文字)
今日のニュースの死者数を見て私は、要救助者数が減ればもっと人が助かるのではないかと考えました。後ほど先生が”この中に自分が含まれる”という言葉を聞いて、自分の中できっと自分は助かるだろう、何とかなるだろう、と考えている自分が心の中にいました。でも今日の震災の映像を見て恐怖心を感じました。私は地震に遭遇したことがなくて実際に津波や地震が起きたとしても怖くて今のままでは何も出来ないと感じました。今日の映像を見れて、地震の怖さと改めて向き合うことができてよかったと感じました。最後の卒業生の文面に涙が溢れてきました。人と人との繋がりで救える事があるのだなと感じました。
学籍番号:213060(182文字)
今回の授業では防災には「人の立場に身を置く力」が大切なのだと学習した。死者数、負傷者、要救助者数の数字を見ただけではいまいち危機感がわかなかったが、その中に自分がいたらと想像しただけでいいしれぬ恐怖や災害への関心がわいたからだ。 また、共助の大切さも学んだ。苦しい時つらい時に人を支えることができるのは人なのだと改めて学ぶことができた。 次回もご教授お願いします。
学籍番号:201036(342文字)
私はほとんど地震のない地域で生まれ育った。いつか起こる南海トラフ地震に備えて、防災訓練は念入りに行われていたが、人生で経験した最も大きな地震で震度4、東日本大震災でさえも震度3だったため、正直大地震がどんな物なのかわからない。実家は川沿いだが、部屋が9階かつもし川が氾濫しても向こう岸に水が流れる構造になっていると言われてきたので、津波なども全く関係の無いものとして、向き合ってこなかった。 そんな中で、今、大地震や津波が起こったら?と考えると怖くて仕方がない。しかし、実際にそれが起きた時にはそんなことばかり言っていられない。自分の身は自分で守らなければいけないし、その災害の脅威や教訓を後世に伝え、次に同じことが起こった時、被害が最小限で済むように繋げていくことも大切だと感じた。
学籍番号:211017(454文字)
震災の映像を見てここまでショックを受けたのは今回が初めてだったと思います。 私は当時おそらく8歳で、新潟出身なので大きな揺れがあったことはよく覚えています。ですが、当時のニュースも映像も全く記憶に無く、震災については毎年3月11日にニュースで流れる映像を見たり、小中学校の授業で学ぶ程度にしか知りませんでした。その時も、恐ろしい、悲しい、凄惨だと感じましたが、今回ほど衝撃は受けませんでした。大事な人やものがそこにあるだけで感情はここまで大きく動くし、実際にその場にいない時でさえこんなにパニックになってしまうのに、いざ自分が被害に遭ったら冷静な判断なんてできるわけがないと痛感しました。だからこそまだ災害が起きていないうちに適切な備えを用意しておくことが本当に重要なんだと身をもって理解できました。
学籍番号:214015(200文字)
自然の力にはどんな屈強な人間でも敵わないというのが本当にその通りだと思いました。津波は波ではなく、海が迫ってくるようなものだと聞いたことがあります。東日本大地震の時は津波で街が壊されるというのを知らなかったため、なぜこんなに大きな被害になっているのかわからなかったです。デザインでも言えることですが、今まで見たことがないことを人々は受け入れない傾向にあり、それが災害においては大変危険だと思いました。
学籍番号:213072(237文字)
今日は授業後半にあった東日本大震災のニュース映像がやはり印象的だった。いつものように行われている国会中継の中で鳴り響く緊急地震速報の音や、慌ただしく声をあげるスタッフや視聴者に情報を伝えるために冷静に語り続けるアナウンサー。全てが非日常のように見えるが実際にあったということを実感した。日本人は平和ボケしているという声が挙げられていたり自分自身そう感じることがあるが、災害といういつ起こるかわからない脅威の中、いざとなったら自分の身を守らねばならないという思いを再認識した。
学籍番号:214001(270文字)
私の地元は長年いつ大地震が来てもおかしくないと言われています。防災訓練も毎年何回かおこなっていますが、正直地震が起きた時に咄嗟に行動できるかは自信がありません。また、地震が起きて津波が来る中富士山も噴火するとなったらもう逃げ場がないため、諦めてしまう可能性もあります。ですが、大事な家族や友人が一人でも多く生き延びられるようにしたいとは思っています。以前トンガの噴火で津波注意報が出た時、とても恐ろしくなりすぐ連絡を取りました。今は長岡にいるため直接何かできることはありませんが、今日やった共助の励ましぐらいならできるように心がけたいです。
学籍番号:213107(123文字)
東日本大地震が起きた時、私は被災地からは離れた所にいましたが、津波で家ごと流されていく映像や、地震のあとの火災が広がっていく街の映像が今でも忘れられないです。 「今まで起きてないから今回も大丈夫」という考えが自分の命を危険に晒すんだと感じました。
学籍番号:201005(644文字)
 私は今回の講義を聞くまで「自助」による防災ばかりを考え、防災バッグを準備したり、転倒防止対策などを行うのみで満足してしまっていた。しかし東日本大震災の映像を見ても、私が中学3年時に地元熊本で被災した熊本地震のことを思い出しても、やはり自分だけでは被害を防ぎきることは不可能であったと感じた。  特に熊本地震の時は断水や食糧難に陥った。全国各地から来た給水車も長蛇の列で、水切れを起こしもらえなかった人も出た。また、食料を買おうと市内のコンビニを朝早くから隈なく探したが、どこにも売ってなかった。そんなときに助けてくれたのは家族の友人であった。遊水池の近くに住んでいたその友人は10リットルもの水を分けてくださり、さらには近所のコンビニで在庫食品の配布にも助けられた。これは紛れもなく共助による恩恵だったと今は感謝している。  私の従兄弟から聞いた話もある。その従兄弟は熊本県の阿蘇郡西原村という人口5000人ほどの小さな村に住んでいた。西原村では震度7の甚大な揺れが襲い、56%もの家屋が全半壊した。しかし死者の割合は他の市町村に比べて低かったようだ。それは村消防団が村内の「ご近所さん」と知り合いであったため、村内家屋の間取りやご近所さんが家の中のどこで寝ていたかを熟知していたことで、村民同士の救助活動がスムーズにいったからだという。  私も近所に友人はいるが、しっかりとスムーズに「共助」をしていけるようなシステムづくりや約束事の確認、そして信頼関係などを築いていきたいと感じた。
学籍番号:212039(161文字)
共助というとすごく大きなものだと思っていましたが、最後の学生さんの文章を見てほんの少しの声かけでも助けになるんだなと気づきました。それなら自分もできそうです。 大阪北部地震や台風の時近所の人の車が出せなくなってしまい、近所の人と私の家の車を使ったり、おばあちゃんの家のお風呂を貸したりしたのも共助だったのかなと思いました。
学籍番号:213095(402文字)
私は津波の被害にあったことはないですが、YouTubeで津波の映像を今まで何度か見たことがあります。 見た映像の中には歩いて逃げている人が波に飲まれてしまうなど、とてもショッキングなものがあり、映像で見ただけなのに怖くて涙が止まりませんでした。動画から悲鳴や逃げろと叫ぶ声が聞こえている中、そのまま人や建物が波に飲まれていくやるせなさを感じました。 いろんな県から人が集まったこの大学にきて、今まであまり実感がわかなかった地震、津波(私の出身が福岡ということもあり)について考えが変わりました。テレビや映像でしか見たことがなかった震災ですが、大学のなかには東北出身者も多くいるため震災についての体験を聞く中で災害の恐ろしさに気づくことができました。 自分の大事なもの、人が被害に遭ってしまうのはとても堪え難いので、災害が起きてしまっても安心できるような備えと協力体制をこれから構築していきたいです。
学籍番号:212053(160文字)
自助、共助、公助という言葉の内容が一番印象に残っています。その中でも特に共助においては、地域の人々と事前に知り合いだと発動しやすいということを聞きなるほどなと思いました。自分も知らなければ気にかけることさえしないような気がしました。一人暮らしを始めてから地域との関わりが減ったので積極的に地域活動に参加できたらいいです。
学籍番号:212045(128文字)
今回の講義で震災のハザードマップなどは自分の大切なものを損傷なく守れるものではないと気付くことが出来ました。自分の大切な物を守るためには自分自身が災害についての意識を高めて対策することが大切だと感じました。災害の映像を見ることでその意識より強くなりました。
学籍番号:212018(106文字)
津波の映像を改めてしっかり見ました。とても恐ろしかったです。「家が流れる」「ものすごい速さで波が来る」ということは分かっているはずなのに、とても衝撃を受けました。また、どこか他人事に感じていたのだとも思いました。
学籍番号:211029(346文字)
授業の中で提示された、犠牲者、被害者の数字の中に自分が含まれるとは思いませんでした。幸せなことに自分が当事者となる大きな災害に遭ったことがないので、どこか他人事に考えているのだと思います。津波の映像を見ても、胸はとても痛むけれど、現実味はなく思ってしまいます。やはり経験しないと分からないのではないかと。 共助が大事、励まし合うことが大切、分かってはいますが、自分が実際にできるかが不安です。いや、きっとできないと思います。自分は諦め癖があるので、人のことも諦めてしまうかもしれません。だから自分は大きな災害に遭ったら死ぬと思っています。 上のようにいったけれど、共助できるようになりたい、防災をしっかりとしたい、と言いたいけれど、言うだけは簡単です。自分はできるか分からないから言えません。
学籍番号:212002(297文字)
「防災を自分ごとに」という言葉が印象に残りました。被災者の推定人数や、津波のニュースを見ても、「怖い」とは思いますが「自分の身に起こるかもしれなくて怖い」とはなかなか思えません。正常化の偏見、まさにその通りだと思います。どこかの町、誰かの話ではなく、自分の町、自分や大切な人に起こり得る話だと改めて認識できました。 共助のお話も面白かったです。共助という言葉自体は知っていましたが、実際の震災時にそれがどれだけの意味を持ったかは授業で初めて知りました。自分のことで手一杯になるのではなく、辛い時に周りに何かできる側になりたいと思いました。そのために普段からの防災への意識が大切なのだと思います。
学籍番号:213057(138文字)
自助、共助、公助それぞれの意味を学ぶことができました。共助は近所の人だけとする訳ではないというのは新しい学びでした。また、地震津波の映像が印象に残りました。もし自分の身の回りで起こったら、想定外だったということがないように対策をし慎重な行動を取らなくてはいけないと感じました。
学籍番号:213116(251文字)
私は東日本大地震の時には海外に住んでおり、通っていた学校で日本で大きな地震があったと知らされました。そのためニュースや映像を見ることがなく、このような大規模な被害があったと知ったのは日本に帰った後でした。改めて映像でその様子を見ると、自分が知らない間にこのようにして街が変わってしまうのは恐ろしいことだと思いました。実際に大きな災害にあったことがないため、自分がその時どのような行動を取るかは分かりません。しかし公助の小さな声かけが大きな力になることを知り、自分自身でも行えるようにしたいと思いました。
学籍番号:214012(318文字)
地震が起こった時、津波ほど怖いのだと改めて感じました。海の近くに、住んだことがないので想像や映像でしかわかりません。先輩の体験談を聞いて、自然災害の怖さが解りました。災害が起きた時、まず自分の身を守る事は、一番大切だと思います。そして、その後、近所の人や周りの人達と助け合うことが、とても大事なのだと改めて感じました。人と人は繋がっていて、一人ではないんだと励ましあうことで我にかえり、先に進めるのが人だと思いました。自分に今出来ることは、防災訓練に参加したり、災害のボランティア活動に参加することです。そして、家族と災害の時の事を、具体的に話し合っておく事だと思います。自助、共助,公助の意味が、はっきりと今日の授業で理解できました。
学籍番号:213042(312文字)
最後の文章の、共助は大袈裟なことではなくて、声をかけあったり、安否を確認し合ったりするだけでもいいという言葉が印象的でした。共助という言葉を確かに、命を張った行動だ、と解釈していました。 私は今まで大きな災害に遭ったことはありませんが、それを想像した時、きっと自分のことで手一杯になって周りのことを気にする余裕はないだろうと思います。また、一人暮らしで近所との交流もなく、震災などが起きたときにどこへ避難すればいいのかもわかりません。今のままでは何かが起きた時、自助も共助も難しいです。地域として災害に関わる活動やイベントも特に聞かないですし、もっと自ら災害についての知識をつけ、備えをしていかないといけないなと感じました。
学籍番号:213025(126文字)
今回は東日本大震災の映像を改めて見ることで、よりリアルに災害や防災の事を考えることができた。1番に思ったことは「災害が起きてからじゃ遅い」ということ。災害は突然起きて人の命を簡単に奪っていくことを肝に銘じ、それを必ず自分事として考える大切さを実感した。
学籍番号:213005(397文字)
東日本大震災の映像を見て、小学校から帰って家で母とテレビを見ていたのを思い出しました。私は震災をニュースでしか見たことのない地域に住んでいました。見た当時は衝撃的で本当に同じ日本で起こっていることなのかと信じられず、忘れてはいけない記憶だと子どもながらに思っていたはずなのに、今回授業中の映像を見て当時と同じくらいの衝撃を受けました。忘れてはならない、今後自分の身に起きても対処ができるよう学ばなければならないと感じていたはずなのに自分が思う以上に記憶が薄れていたことを実感させられました。実際に災害を経験したり、その場にいた人たちは私たちニュースで見たことしかない人々には想像できない程思い出したくない、考えたくない記憶だと思います。私たち(見ることしかできなかった人)はこの災害から将来起こりうる災害に対して備え、その記憶を忘れずに次の世代につなげていくことが大切なのだと改めて感じました。
学籍番号:212008(340文字)
東日本大震災の話は幾度となく聞いたことがありますが、何度聞いても慣れないものだなと改めて思いました。私は新潟市の出身なので東北の方々が経験した恐怖に比べたら些細なものかもしれませんが、今でも鮮明に覚えています。当時小学校2年生で、体育館で授業していた際に地震が起きました。各々の場所にいたクラスメイトが体育館の中央部に集まりうずくまりました。足の間から、ステージ上の「6年生ありがとう」と書かれた看板が大きく揺れていたのがとても印象的でした。多くの人が無くなり、財産を失い、傷つきました。しかし、ある意味では貴重な体験だったと思います。こうして何度も安心・安全について考えられる機会を得られますし、自分自身の経験として後世に伝えることもできます。これからも考え続けていきたいです。
学籍番号:213050(166文字)
今回の講義を受けて自分は共助どころか自助もままならないと感じました。一人暮らしでテレビもなく逃げ遅れる可能性があるのでスマホに防災用のアプリを入れることと防災アラームの設定をまずは行いたいと思います。共助は日頃から近所の人々には挨拶をし地域の活動に積極的に参加したいです。当事者意識を持ち、対策をして助ける立場でありたいと思います。
学籍番号:213069(188文字)
東日本大地震がおきた当時、私は千葉県に住んでいて地震が発生した時駅にいました。揺れが大きすぎて立つ事ができず、家族や周りの人と一緒にタバコ屋の周りで肩をくみながら固まっていたのを思い出しました。幼かった私やベビーカーに乗った弟が怪我をしないように大人に囲まれていて、これも共助になるのかなと思いました。今はもう成人も近く、自助だけではなく守る立場にもなるべきだなと思いました、
学籍番号:212007(260文字)
私は地震が滅多に起こらない地域の出身のため、映像で地震や津波の映像を見るととても恐ろしく感じました。しかしその一方で、授業内で先生がおっしゃってたように「正常化の偏見」を自分は持っていると感じました。身近に地震などの大きな災害を経験したことがないため、なかなか大きな災害が自分の身に降りかかる状況を想像できず、どこか楽観的になっているところがあります。そのため、自分は正常化の偏見を持っているということを自覚し、いざというときに自分が大切にしている人や物を守れるように普段から災害に対する備えをしていきたいと思いました。
学籍番号:212011(153文字)
東北沖地震は、小さい頃テレビで見ていました。どこか他人事ように見ていた記憶があります。今回の講義で改めて映像を見てしっかり考えていかないとなと思いました。 ハザードマップや危険な場所など人が言ってることを信用するのではなく、自分の目でみて しっかりと判断して危機管理をする備えをする事が必要だと思いました。
学籍番号:193025(224文字)
今回の講義を受けて、改めて自然災害の恐ろしさを学んだ。講義で流した東日本大震災の時私は全く被害のない地域にいたので今日と同じように映像でしか地震などを見たことがなく、また比較的大きな地震を経験してないこともあり、自分の身に起きた時のことをしっかり考えたことはなかった。しかし最近震度3?4程の地震を経験し震度5以上の地震が予想以上に深刻な問題だとおもった。今の状態では自助どころか共助もできないので今後の講義で共助ができるようにはなりたいと思った。
学籍番号:212010(114文字)
災害時の時など、命の危険が感じられる時に自分は生き残れるという心理が働くと聞き、確かに私もそう思うだろうと納得しました。生きる希望を忘れないことは大切ですが、それを過信して無闇な行動は取らないようにすることが大事だと感じました。
学籍番号:203042(238文字)
共助と聞いて、大災害に巻き込まれた時自分自身のことで精一杯になってしまって他の人のことを助けるなんて大層なことが自分にはできないのではないかと思ってしまったのですが、直接命を救ったり、助けたりすることだけではなく、励ましの言葉や行動でも誰かの心を少しでも軽くすることが出来るんだと今日の講義を聞いて感じました。災害に巻き込まれた時、たとえ知り合いでなくとも周りにいてくれるだけで安心できるし一緒に頑張ろうと思える、自分の中で共助という言葉のハードルが少し下がった気がしました。
学籍番号:213004(288文字)
東日本大震災当時は小学2年だったこともあり、大変なことがおきていることをテレビの画面越しになんとなく感じていました。しかし、去年地元を出て、各地から人が集まる大学で東日本大震災で被災した友達がいたので、初めてその地震を身近に感じました。身近に感じてから、今回初めて地震や津波の様子を見ましたが、やはり 以前の自分は正常化の偏見が強かったように思います。災害についてどこか他人事だと考えていましたが、その考えは改めなければ安全から遠ざかってしまうと感じました。 正常化の偏見について、自分自身それを改めるだけでなく、防災を広める際の人々の前提して考えることが大切だと思いました。
学籍番号:213023(167文字)
災害があった時の支援は大きなことでなくても、声をかけたり気にかけたりすることだけで人は救われる、ということを知り、もしかしたらそれは日常生活の中でも当てはまることかもしれないと思いました。普段から、困っている人を気にかける、何かあったら声をかけるということを心がけていれば、いざ災害があった時も自然と誰かの力になれるのかもしれません。
学籍番号:213084(217文字)
自分の大切にしている人や物を災害が起きた時に守ったり、元に戻すために何ができるか余裕がある今考えることが必要と今回の授業で実感した。また、共助という言葉について考えさせられた。災害が起きた時に、周りの人からの声かけ一つが精神的に大きな助けになることに驚いた。私も山形付近で起きた震度6強の地震で避難したことがあるが、避難先にいた友人にたまたま会い安心感ををぼえた記憶がある。自分もこういった場面で勇気を出して声をかけたいと強く感じた。
学籍番号:212040(127文字)
私は大きな地震や津波を経験したことがなく、また今まで周りにいた人たちも同じように経験がなかったので、なんとなく遠いもののように感じてしまっていましたが、大学は全国各地から集まっているので今日より災害を近くに感じることができ、危機感をもつことができました。
学籍番号:202057(190文字)
防災について、死者や負傷者、要救助者の数字を見た時に、自分が含まれることを想像したかという話を聞いた時、やはりどこか他人事として考えてしまっている面があると感じました。また、講義の最後の方で話していた、「励まし」が助けになるという話が興味深かったです。共助というと、ハードルが高く感じてしまいますが、些細なことでも助けになると考えると、自分にもできそうだと感じるようになりました。
学籍番号:213041(135文字)
東日本大震災の映像はいつ見ても衝撃的な映像です。11年たった今も安心して過ごせると言う言葉に違和感を覚えるくらいです。私は地元が九州で地震というものをあまり体験したことがありません。今回の授業で安全とはなんなのか。日々自分にとっての安全を見極めて過ごさねばと思いました。
学籍番号:203049(217文字)
安全という言葉や概念が、可能性や確立、推察で成り立つものであり、大多数の人の為ではあるもののそれに守られない(当てはまらない)人がいる可能性を孕んでいるのならば、その少数派はどうすればいいのだろう、と思った。「安全」というものを絶対視せず、自分自身を守る方法や環境を考えていくべきだ、というのは簡単かもしれないが、もし自分や自分の大切な家族や恋人、友達がその少数派になり安全に守られなかった場合、果たして私達は同じ事が言えるだろうか。
学籍番号:212004(211文字)
今回の授業で私が一番印象に残った言葉は 正常性バイアスです。 地震や津波の映像を見たとき、悲しい光景に心が痛みましたが、自分自身がそこにいて巻き込まれることは全く考えていませんでした。 また、首都直下地震の被害想定を見たときも、ものすごい数の人が被害を受けることが想像できましたが、その中の一人に自分が入っている想像はしていませんでした。 正常性バイアスという言葉を知って少しだけ自分の考えに変化があったように感じました。
学籍番号:212051(275文字)
今日の講義を聞いて、災害を自分のこととして考えられていないと気がつきました。小学校からずっと避難訓練や課外授業などで防災教育を受けてきたし、大きな災害がいくつも起こり、その度に悲惨なニュースを見てきました。だから、もし災害が起こってもどうにかなるだろうとなんとなく思っていました。でも、どこかの市で数人の方が犠牲になったと言うニュースは例え一人でも犠牲になったと言う事実で多いとか少ないとかそう言うことじゃなくて、相対的に考えてはいけないと思いました。絶対的な見方や考え方に変えて、災害を自分のこととして考えないと大切なものは守れないと実感しました。
学籍番号:183101(201文字)
授業中、3.11に起きた東日本大震災について報道するニュース映像が流れたが、この震災で自分が直接被害を被ることはなかったものの、それがこの現実に及ぼした影響を考えると未だ恐怖を感じずにはいられないことを再確認した。しかしそれと同時に自分の命を守る「自助」と他人と互いに助け合う「共助」を実行に移せるよう備えておくことの大切さも理解した。将来、自分の周りで少しでもこうした被害を減少できるよう貢献したい。
学籍番号:212015(239文字)
私の実家は南海トラフが来るとされている場所にあります。そのため幼い頃から学校や地域で津波に備えた避難訓練をしてきました。そして中学の頃には自分の身を守るだけでなく地域住民の安全を守るには私たち若者はどう行動すれば良いのか、という観点についても学びました。今回の授業でも話があったように、もしここで災害が発生した場合、同じ地域に住んでる人の安全をも私は守れるのだろうか、果たして自分の身すら守れずに終わってしまうのか、いざというときの行動について改めて見直すきっかけとなりました。
学籍番号:212025(148文字)
2回目の講義ありがとうございます。 本日の講義では特に震災の映像が心に残りました。小学生の頃授業中におおきな地震が起きたこと、いまも鮮明に覚えてます。 当時のテレビの映像などをみて自然災害の怖さ、また当事者意識の重要さなどを感じました。 次回の授業も楽しみにしています。 ありがとうございました。
学籍番号:212054(135文字)
津波や地震の映像を見て、自分が想像しているものよりも規模が大きく、被害も大きくておどろきました。自助、公助、共助という言葉は、今日初めて聞いたのですが、共助で励ましというのが人々にとっては大きいということがわかりました。ちいさなことでも私にできることをしたいと思います。
学籍番号:212019(120文字)
自助・共助・公助の意味について詳しく理解しました。ニュース番組やワイドショーで聞いたことはありましたが、上手く説明は出来ない程度の知識だったので、とても勉強になりました。地震の映像を改めて見て自分も体験したことなのにすごく新鮮に感じました。
学籍番号:213002(257文字)
今回の授業で改めて地震や津波への備えを少しでもするべきだと感じました。 2年程前に新潟で少し大きい地震があった際、海の近い実家に住んでいたのですが、初めて津波警報を間近で聞きました。それと同時に言葉に出来ないような恐怖や不安にも煽られました。夜に家族総出で焦りつつも、必要最低限の物を持って高台の方へ避難しました。幸い津波は来ませんでしたが、家に帰ってからも、横になるとずっと頭の中で津波警報が流れていて不安で眠れませんでした。 日頃から少しでも備えをしておく事で急な自然災害にも対応出来るようにしておきたいです。
学籍番号:213109(136文字)
映像で見た津波の容赦なさを感じてとても悲しさと同じような気持ちになりました。これを間近でみに実際流されて亡くなった方もいらっしゃる事実がつらかったです。これから先行くところで災害に合わないとは限らないので自分だけでなく周りとも助け合えるような関係性を作りたいと思いました。
学籍番号:212049(229文字)
正常化の偏見がとても印象に残りました。自分がまさか当事者にはならないだろうという思い込みによる油断が悲惨な結果を招くことになるので、一人一人がちゃんと意識していなければならないのだなと思いました。また、3.11の映像を見て「もう十年以上前のことだ」とどこか安心してしまっていたことに気づきました。だから被災の話を語り継ぐことは被災された方がいることを忘れないということのためだけでなく、次は自分自身かもしれないという注意喚起でもあるということがわかりました。
学籍番号:213026(264文字)
東日本大震災当時を振り返るとたくさんの人に助けられていたなと感じました。当時小学生だった私は放射線による被曝を心配した親の判断で北海道に一時避難しました。その住むところを提供してくださった方には今でも感謝してもしきれません。避難する前も、心配して様子をみにきてくれた近所の方や、自衛隊の配給にはたくさん助けられました。 自分が災害時に何ができるかと考えると、自分の命を守ることが精一杯だと思います。まずは避難して自分の安全をある程度確立して余裕が生まれてからでないと他人に手を差し伸べることは私はできないと今日改めて思いました。
学籍番号:203011(191文字)
今日の津波の映像を見て、11年前の東日本大震災の大きさを改めて感じました。当時はまだ小学生で地震が少ない地域だったので、味わったことのない大きめな地震と帰ってからの地震一色のテレビ番組が非現実すぎてうまく飲み込めてなかったところがあり、本当に大きな災害だったんだなと実感できたところがあります。当時できなかった助けができるように、また、自分で守れるように知識をつけたいと思いました。
学籍番号:212028(269文字)
一人暮らしを始めて、寝食を共にする家族の存在が本当にありがたいもので、何よりも大切だと気づきました。体調を気にかけてくれる家族のメッセージでほっとするし安心します。これも励ましで救われたとおっしゃっていた方と同じで、共助の一つでしょうか。九州に住んでいる家族や旧友とは頻繁に会えません。こちらやあちらで何かあったとしてもすぐ駆け付けられる距離ではありません。まずは、元気な姿で家族に会えるように災害や危険に備えられることはしたいし、近所に住む方々にも家族がいるのだと思うと優しい気持ちになり、困っているときは助けられたらいいなと思います。
学籍番号:214021(183文字)
地震や津波の大きな被害を受けたことのない僕は、それらについて知っているようで実は全くわかっていなかったのだとニュースの映像を見て気づかされました。 日頃から準備やシュミレーションをしておくことで有事の際にそれらを活かせるのはもちろん、冷静でいられるということが自助をしやすくするのだと思いました。さらに自助ができれば公助へ、助ける側になることもできると気づきました。
学籍番号:213051(176文字)
今回、自助と公助についての話がありましたが以前防災について学んだときの内容を思い出しながら学ぶことができました。アンケート内の結果から、最近地震が多いためか意識が高い人が多くいいなと思いました。また、今回途中回線が不安定で途中授業に参加できていない時間があったので、また録画を聴けるといいなと思います。次回は環境を整えて、気をつけて聴きたいと思います。
学籍番号:212030(117文字)
死者や負傷者の数を見て、最初はあまりピンときませんでした。でも、もしそこに自分が含まれていたらなんて考えもしなかったです。事件や事故のニュースを毎日のように見ているせいか、客観的に見ることに慣れてしまっている自分がいるんだなと感じた。
学籍番号:212012(354文字)
私は最近共助を身近な人々から受けました。 励ましあうことが助け合うこと、小さなことでも共助になると今日の概論で聞いて、確かに自分も周りの人の気遣ってくれる想いが少しでも伝わってくるだけで心が温かくなったなと思い返しました。自分が共助を受けた時の気持ちを忘れずに、ささいなことから助け合う関係を誰とでも築いていけるようになりたいです。
学籍番号:214003(156文字)
1番印象に残っているのは津波の映像です。とても怖い映像ですが、なんとなく映画を見ているような気持ちでした。しかし、その後この学校で東北出身の震災を経験した人のコメントをみて、一気に現実感が増して、ゾッとしました。この震災を経験した世代の私たちが、空間安全論で震災について考え学ぶ機会があって良かったと思いました。
学籍番号:212052(287文字)
東北大震災直後のニュース映像を見て一瞬でその時テレビで見た光景を思い出しました。ただただ黒い波が住宅やなんぼを飲み込んでいく映像を見ることしか出来ず、現実世界の話だとは思えず半信半疑でした。当時、私は小学校2年生で津波という災害があることすら知らなかったです。ですがこの出来事があってからは津波が最も恐ろしい災害だと言う認識になりました。共助という言葉の意味を今日初めて知り、励ましの言葉や些細な気遣いが人を助けることを改めて知ることが出来ました。大災害はテレビの中だけではなく自分も被害者になり得るということをちゃんと考え防災について真面目に考える必要があると思いました。
学籍番号:203059(267文字)
東日本大震災があった日のことは、今でもはっきりと覚えています。突然の大きな揺れ、停電、大人たちの慌てる姿。それを見て泣き出すクラスの子。なにか異常事態が起きていることは子供ながらにもすぐにわかりました。後日、ニュースで津波の映像を見たとき、驚きで何も言えずボーっと画面を眺めていました。それぐらい衝撃的で受け入れられない出来事でした。 震災で防災のことを聞くと大川小学校のことを思い出します。あの時もっといい方法は絶対にあったはずです。二度と同じ過ちをおかさないよう大人だけではなく自分自身もしっかりとした意識を持ちたいと思いました。
学籍番号:214013(143文字)
東日本大震災の映像をひさしぶりにみて大地震と津波の恐ろしさを改めて思い出しました。最近は地震への慣れなのか地震があってもあまり気にせずに過ごすことが多くなってしまっていたので今回の講義で地震や津波の映像を見た事で防災への意識が高まりました。長岡での避難経路も確認していきたいと思います。
学籍番号:213112(136文字)
久しぶりに東日本の地震と津波の映像を見て改めて被害の大きさと残酷さを認識しました。そして被災者の方の精神的にもコミュニケーションが非常に大切なのだと感じました。この震災の後に生まれた子どもたちにもこの地震がどんなものだったのかしっかり伝えてあげられればいいなと思いました。
学籍番号:213043(150文字)
正常化の偏見についてですが、死者や負傷者などの人数を見て、そこに自分が含まれるという想像が私は出来ませんでした。ニュースで見るように、まるで他人事のようにこわいなぁと思ってしまいます。先生が許せないと仰っていた、被害者が1人で済んでよかったというような言葉もよく考えてみれば間違っていると感じました。
学籍番号:212043(198文字)
東日本大震災が起こった当時は、実際に起きている地域が遠く津波は疎か地震による被害がなかった為、ニュースで毎日報道されていても他人事でした。ですが熊本地震で自分が住んでいる隣の県で訪れた事がある場所の悲惨な映像が流れていた時に、以前とは違った環境に恐怖がありました。私がもし災害にあったら何をするべきか咄嗟の判断ができる自信がないので普段からの地域の人とのコミュニケーションが大切だなと思いました。
学籍番号:212027(176文字)
今回の授業で印象に残っていることは、東日本大震災の地震と津波が来た時の映像です。私は今まで何度か地震を経験したことがありますが、それよりはるかに大きな揺れと、誰も想定できないような津波の様子を見て、この状況に自分が置かれた時、ひとりで身の危険を回避するのは難しいと感じました。そのため、身の回りの人との助け合いがいかに大切かを改めて考えさせられました。
学籍番号:203113(115文字)
講義で東日本大震災の映像が流れたが、自分が今までに経験してきた災害とは比べ物にならないほどの規模の被害があったのだと改めて感じた。あの災害の中で人間が自分自身の力のみで助かることは難しいと思うとともに、共助の必要性を改めて感じた。
学籍番号:212042(102文字)
久しぶりに津波の映像をみて、記憶に残っていた津波よりも大きい津波だったことに衝撃を受けた。時間が経つと記憶は薄れてしまっていくもので忘れてはいけないことはしっかりと伝えていかないといけないと改めて感じた。
学籍番号:213102(138文字)
東日本大震災が起こった時、小学2年生で自身の強い地域に住んでいなかったこともあり当時恐怖心はそこまで感じなかった気がしましたが今日の動画を見て津波の恐ろしさを改めて実感しました。共助し合うことで少しでも助かる命があるなら、人の助けになるのなら少しでも力になりたいと思いました。
学籍番号:213063(508文字)
提出が遅れてしまい大変申し訳ありません。 多くの人は自分が災害で死ぬとは思っていないという言葉を聞いてハッとしました。自然災害の怖さはわかっているはずなのに、なぜか私も、自分が自然災害に巻き込まれて死んでしまうということは考えたことがありませんでした。今日の授業で指摘されて初めて気がついて、ゾッとしました。心のどこかで、自分や周りの大切な人はどうにか助かるだろうと正常化の偏見を抱いていたのだと思います。最悪の場合を想像するのが怖くて、そう思いたかったのもあるかもしれません。けれどそれでは先生もおっしゃっていたように実際に自分が災害に巻き込まれた時、パニックを起こして何もできなくなってしまうと思います。だから、この空間安全論の授業の学びもそうですが、最悪の場合を想定した、もしもの災害に備えた準備活動を、物理的な面でも、精神的な面でも、しっかりとしておかなくてはならないなと強く感じました。 また、過去に空間安全論の授業を受けられていた先輩の震災に関するコメントがとても心に残りました。もし近所で震災が起きたとき、大きなことはできなくても、声がけななどの小さなことから、自分にできる共助ができたらと思います。
学籍番号:212013(210文字)
最後の被災者の先輩のお言葉がものすごく印象的でした。 誰かのためになりたい。誰かを救いたい。これらは大きな一つの目標として掲げられることが多いですが、簡単なこと出ないことは20年近く生きていて十分にわかっています。だからこそ、難しいから行動しない。となってしまいがちですが、難しいからこそ小さな行動に移す。このように少しマインドを変えるだけで、気づかないところで、いつか誰かのヒーローになるのかもしれないなと思いました。
学籍番号:213110(157文字)
東日本大地震が発生した当時私は小学2年生でした。小・中・高成長するにつれ生活が忙しくなっていき、テレビを見なくなっていったこともあり、今回の講義を通して改めて自然災害の恐ろしさをひしひしと感じました。もしまた大きな災害が起きてしまったら、自分が困っている人や弱い立場にいる方々を助けられるような存在になりたいです。
学籍番号:213082(181文字)
震災時の映像を観て、自然災害の強大さに改めて恐怖を感じた。また、スマートフォンの普及などにより簡単に災害時の記録が容易になっている現代の人々は、資料を残すことで後の世代の防災活動へと繋げていく役割も大きくなっていると考えた。マスメディア等だけでなく一般人による記録があることで、誰もが災害を身近なものだと認識し、当事者意識を持つことにも繋がるのではないかと思う。
学籍番号:213118(196文字)
授業内で地震や津波の映像を見た時、自分はこれらが自分の近くで起こり、その被害者の1人になる、もしくはなっているという感覚は起こりませんでした。しかし、実際はすぐ側まで来ているし、いつ起こるかも分からない状況のいま、大事なことは常に自分は巻き込まれる可能性があるのだと気をつけておくことであると思った。また、共助の考えも頭に入れ、普段から近くの人とコミュニケーションを取ることも大切だと思った。
学籍番号:212022(128文字)
共助は事前に知り合いだと発動しやすいと言うのを聞いて、お互いに助け合うのはもちろん、知り合い同士で協力して他の知らない人も助ける動きが起きたらいいのかなと思いました。もし実際に自分が被災したら、自分だけでなく周りの人も助けられる行動がしたいなと感じました。
学籍番号:213046(177文字)
震災の映像がとても印象に残りました。被害は想像を超えるものでした。自助、共助、公助という言葉は聞いたことがあったけど、意味までは知りませんでした。はっきり助ける側と助けられる側に分かれると知り、少しイメージと違いました。励ます声に助けられたという人が多いと知り、自分は助ける側にはなれなそうだと思っていたけど、声をかけることならできそうだなと思いました。
学籍番号:212031(114文字)
今までは家の近くの川が少し溢れるほどの事しか水害を体験した事がありませんでした。今回の講義で津波の動画を見て津波のスピードや勢いについて改めて知ることができました。そのため、常日頃から防災道具などをまとめておきたいと思いました。
学籍番号:213092(173文字)
東日本大震災の映像をみて、2007年の中越沖地震を思い出しました。私は当時柏崎に住んでいたため、被災しました。私は5歳だったためあまり詳しいことは覚えていませんが、本震、余震ともに大きく、毎日怯えて生活していたことを覚えています。そんな中で、周りと助け合いながら生活していたため、もし将来自分の身になにか起きた場合も周りと助け合いたいと思います。
学籍番号:212005(223文字)
今回の講義の正常化の偏見について私はとても共感するものがありました。日本人は周りの意見に左右されやすく多くの意見を信じやすい性質があります。そのため数だけ見て内面の本質を非常に掴みづらい部分があります。それは授業でも取り上げていた自然災害の死亡者数の統計です。その数が多くなればなるほど自分は該当しないという気持ちが強くなり結果被害数が増えるという負の連鎖が起こっています。そう言った負のサイクルを止めるためには個人の意識が大事になると考えます。
学籍番号:213025(130文字)
役割取得や自我形成過程の話を聞き、子供の頃の環境がその後の成長、自我においてとても重要なことが改めてわかった。また、自分自身を観察して生じる自己意識が様々な行動に影響することは面白いと思った。このことを常に念頭において考え方をコントロールできるようになりたい。
学籍番号:183067(288文字)
今日の講義では3.11の津波の映像を改めて見ましたが、やはり段々記憶が薄れていくのか思っていたよりも津波の規模が大きかったです。また、そういった災害時には、普段からご近所さんとある程度コミュニケーションをとっている全くとっていない時と比べ、助かる確率が上がる。というお話を聞きました。確かに、全く知らない人よりも、会った時に挨拶をする人の方が相手の印象に残るし、他人よりは知り合いのが助け合いもしやすいのかなと思いました。私も長岡市で一人暮らしをしている身なので、隣の部屋の方や家の方とは挨拶くらいは交わすようにして日頃からコミュニケーションをとれるようにしたいと思いました。