「共生社会」をつくるアートコミュニケーション共創拠点

公募のお知らせ

公立大学法人長岡造形大学では「共生社会」をつくるアートコミュニケーション共創拠点における「コミュニティデザイン」「アートコミュニケーション」の研究を推進するため、特任助教1名を募集しています。社会実装対象地である三重県名張市を主たる研究対象地として「名張市文化リンクワーカー育成プロジェクト」をアクションリサーチャー、プロジェクトコーディネーターの立場として推進頂きますが、ご自身の作家活動や研究テーマをお持ちの方も歓迎します。是非積極的なご応募お待ちしております。

名張市文化リンクワーカー育成プロジェクト

研究プロジェクトの背景

東京藝術大学が中核となり39の機関の連携した「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」は、アート・福祉・医療・テクノロジーの分野の壁を超えて協働的に研究しつつ、人々の間につながりをつくる文化活動「文化的処方」を開発し、社会への実装を試みます。
アートコミュニケーションの特性を活かして、人々が社会に参加していく新しい回路をつくり、誰もが超高齢社会で「自分らしく」いられる、誰も取り残さない共生社会の実現を目指していきます。

研究プロジェクトの概要

「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」では「文化的処方の開発」と「文化的処方が生み出されるコミュニティ形成」に重点を置いており、三重県名張市における社会実装プロジェクトが長岡造形大学の福本准教授(研究開発リーダー)のもと始動しています。

三重県名張市は20年前から「共生社会」をテーマに掲げ、住民間の支え合いの仕組みが実現している福祉コミュニティが充実した地方都市です。しかし、少子高齢化が進む中、支え合いの仕組みもまた高齢化しており、その世代交代や継承が大きな課題となっています。従来の問題解決型のアプローチだけでは思うように若い世代にバトンを渡すことはできず支え合いの継承を仕組みとしてデザインする必要があります。そこで、私達は内発的な動機に基づく行動アプローチの一つである「アート」の可能性に注目し、アートを中核にした地域おこしの回路をデザインし、人間本来が求める自己実現や幸せを感じられるwell-beingなまちを実現する仕組みづくりに取り組んでいます。

人がwell-beingな状態になるためには、その人の「生きがい」「健康」「経済」の3要素を充実させることが重要になります。これらの要素をどのような順序で実現していくかを考えるアプローチとして「Enabling factor」という考え方を採用しています。簡潔には「健康になるために生きがいを持つ」のではなく、「生きがいのために健康になる」という考え方です。人はHealthを追い求めるあまり、ときにHappyを忘れてしまいます。私たちが探求したいのは、「アート」を通じて「生きがい」が充実することにより、第一にHappyになる瞬間が蓄積され、次に「健康」と「経済」の要素が充実され、well-beingな状態に近づいていくような暮らしや環境をデザインするアプローチになります。

文化的処方の開発の概念

上記を実現するための具体的なアプローチを「文化的処方」と名付け、その開発と効果検証に取り組んでいます。病気の症状が出て、対処として薬を処方することが「医学的処方」、病気になりやすい環境を改善するために地域のつながりを処方することが「社会的処方」、それに加えて、自分自身に向き合い生きがいを充実させるきっかけを処方することを「文化的処方」と位置付けています。そして、概念を整理している最中ですが、現段階において、私たちは以下のような文化的処方の概念を定義づけています。

文化的処方:個々人が抱える諸課題や社会との関係性、地域の文化芸術資源や場所の特性などを踏まえ、アート活動と医療・福祉・テクノロジーを組み合わせ、その人がその人らしくいられるレジリエントな場所やクリエイティブな体験を創り出す。それによって、楽しさと感動を生み出し、心が解放され、人と人との緩やかなつながりや心地良いコミュニケーションを自然と発生させる。個人の対象には、活動する意欲や幸福感の増進および健康状態の回復・予防に係る継続的な効果を、面的な対象には、寛容性や包摂性の向上に係る効果を与えようとする手法・方法・システム。

文化的処方の萌芽の発見

このような視座のもと、2023年7月より本プロジェクトが始動しました。
文化的処方は「開発」だけでなく、地域の中に既に存在すると仮定し、それを「発見」するアプローチにも取り組んでおり、印象的なエピソードを1つ紹介します。

地域住民の方々との交流を深める中で「地域の民話に基づいた影絵劇」を制作されている方に出会う機会がありました。その方は21年間もの間、影絵の技法を独学で学びながら、影絵劇の制作と上演を生きがいとして実践されています。ある時、地域のグループホーム利用者の方を対象に上演する機会がありました。上演終了後に鑑賞していた利用者の方がまっすぐ涙を流して感動されていました。実践者の方はその反応に嬉しさと驚きを感じていました。後日、グループホームの支援者さんからお礼の連絡とともに「ケアがとても難しく対話もほとんどされなかった方でしたが先日の鑑賞以降、影絵の話を度々してくれるようになりました」とメッセージを頂いたそうです。実践者の方は「影絵劇がケアの支援になるとは全く思っていなかった」と話しています。この一連のエピソードには「実践者の生きがい」が「鑑賞者の心に感動」を起こし「鑑賞者と生活の支援者間の対話を促進」している効用が認められることが示唆されており、私たちが目指す文化的処方の一つのあり方を体現したケースと言えます。

このようなケースをもたらす既存の取り組みは他にも存在し、それらを探索、発見、共有する実践手法の開発も求められています。

文化リンクワーカーの存在

加えて、この文化的処方を担う人材として「文化リンクワーカー」を想定しています。文化リンクワーカーはアートで人々をつなぎ、まちを元気にするための活動に取り組む人々を指します。地域の文脈や人々の暮らしを踏まえた文化リンクワーカーがその地域の歴史・文化・芸術を紐解き、様々な人々の生きがいを充実させる支援や手助けを行います。

具体的なプロジェクト:名張文化リンクワーカー育成事業

名張市において文化的処方を活用しながら、アートでまちじゅうの人々をつなぎまちを元気にする人々を「名張文化リンクワーカー」とします。その名張文化リンクワーカーたちを育成するには「カリキュラム」「活動拠点」「つながる仕組み」が必要になると考えています。現在、文化的処方のプロトタイプ開発と文化リンクワーカーのロールモデル育成に取り組んでいます。

カリキュラム

名張市にはふるさと学習のコンテンツとして「なばり学」が整備されています。また、地域の支え合いに関する相談窓口として「まちの保健室」がすべての地域に配備されており、暮らしにおける様々な相談をすることが可能です。名張に暮らす人々の声に加えて、これまで大切にしてきた文化を学ぶコンテンツや支え合いの仕組みを踏まえて、アーティスト、文化リンクワーカー、名張に暮らす人々の共通理解を設定する仕組みを整えます。

その上で「基礎講座」「実践講座」の二部制に分かれて、「アート」「ケア」について学びを深めるカリキュラムの整備を進めています。

活動拠点:まちの図工室とFLATBASE

文化リンクワーカーが集い活動拠点として「まちの図工室」を構想し、現在整備しています。「まちの図工室」は「つくることを通じて人々が交流する拠点」として位置づけており、絵画、彫刻、木工、彫金のほか3Dプリンタやレーザーカッターを配備し地域活動を支えるものづくりの拠点となります。名張市木屋町に100年続いたクリーニング店「パールクリーニング」が閉店した空き店舗兼住宅の改装を進めています。

また、もう1つの活動拠点として、一般社団法人つなぐにより運営されているFLATBASEがあります。コワーキングスペース機能を備えており、様々な名張市民や市街から訪れる人の交流の場となっています。まちの図工室から徒歩3分圏内にあるため両拠点間のアクセスも良好です。

つながる仕組み:聞き書きプロジェクト

名張市における文化・芸術・資源には「人の魅力」が深く関わっています。住民同士を相互に支え合う関係の形成が20年前から促される仕組みがつくられており、活動に積極的なボランティアさん、地域づくりに懸命に取り組む人が多く存在します。こうした名張の素敵な方々に対し、これからの名張を担う若者が「聞き書き」を行う聞き書きプロジェクトに取り組んでいます。聞き書きの成果は作品制作の際に参照が可能な「ライブラリ」として構築を進めています。